こんにちは、弁理士の渡部です。
本日は、「zoom訴訟でうごめくお金の事情を考えてみた。」というテーマでお話しします。
商標権侵害の訴訟でできる2つの要求
オンライン会議のサービスを提供するお馴染みのzoom社が商標権侵害で訴えられました。
訴えた相手は、音楽機器を販売している株式会社ズームという国内の企業(音楽機器ズーム社)です。
(※正確に言うと、zoom社の日本代理店であるNECネッツエスアイ社を訴えたのですが、登場人物が増えると話が分かりづらくなるので、本記事ではzoom社を訴えたとして話をします。)
zoom訴訟の勃発です。
詳しい経緯などは記事「zoom、大ヒットの裏の商標権侵害!?」をご覧ください。
さて、商標権侵害の訴訟ではどのようなことをzoom社に対して要求できるのでしょうか。
商標登録を取得していると、大きく次の2つのことを訴訟で要求することができます。
(1)「zoom」の名称を使ってはならない(差止請求)
(2)zoom社が「zoom」の名称を使ったことで音楽機器ズーム社に生じた損害をお金で賠償せよ(損害賠償請求)
音楽機器ズーム社の要求
では、音楽機器ズーム社は、どのような要求をしたのでしょうか。
訴訟では、(1)の差止請求だけを行い、(2)の損害賠償請求は行いませんでした。
このことは、「損害賠償を請求しておりませんが、これは当社に金銭的損害がないことを示すものではなく、当社登録商標が法的に保護されるべき知的財産であることの確認が訴訟の目的であり、和解金等での解決を排除する姿勢を示すものです。」と音楽機器ズーム社のコメントに記載されています。
お金じゃないんだ!ってことですね。
zoom訴訟は第2のアイホン事件?
ところで、皆さんもお馴染みのApple社のスマートフォン「iPhone」ですが、この「iPhone」の商標登録って、日本ではApple社が持っていないってご存じですか?
アイホン株式会社という国内の企業が「アイホン」という名称の商標登録を取得しています。
アイホン社は、iPhoneが有名になったからといって不正に商標登録を取得したものではなく、iPhoneが日本に上陸するずっと前の1955年から会社名(アイホン株式会社)を保護するために取得していました。
さすがのApple社も、どうしようもなかったんですね。
このため、Apple社は、スマートフォンに「iPhone」の名称を使えるように、アイホン社に年間1億円もの商標ライセンス料を支払っているようです。
商標問題には「未来のお金」がある
話をzoom訴訟に戻しましょう。
訴訟では、(2)の損害賠償請求を要求することができますが、これは「過去のお金」になります。
つまり、zoom社が「zoom」の名称を使ったことで音楽機器ズーム社に生じた損害の賠償というのは、zoom社が過去に行った行為に対する賠償であり、その意味で「過去のお金」といえます。
これに対し、「未来のお金」というものが商標問題にはあります。
どういうことでしょうか。
アイホン事件で見るように、zoom社がこれから先も「zoom」の名称を使うためのお金のことです。
このような「未来のお金」は、訴訟では直接要求することはできません。
しかし、訴訟では、zoom社が(1)の差止請求を買い取ることで和解することがあります。
つまり、音楽機器ズーム社が「zoom」の名称を使ってはならないという要求を引っ込める代わりに、zoom社が音楽機器ズーム社に対しお金を払うということです。
zoom社の敗訴が濃厚になってくれば、zoom社は「zoom」の名称を使えなくなり、事業への影響は極めて大きいものですから、「未来のお金」を支払って解決するという選択をすることも十分にあり得るのです。
アイホン事件では年間1億円でしたが、zoom訴訟ではそれがいくらになるのでしょう。
まとめ
もっとも、音楽機器ズーム社は、和解金等での解決をしないと明言しているので、訴訟で「未来のお金」を受け取るかどうかは現時点では分かりません。
しかし、zoom社が音楽機器ズーム社のいう支障やブランドを補償するのに十分な商標ライセンス料を提示すれば、その先は合理的に判断し解決していくのがビジネスです。
訴訟がどのように進むのか、今後の動向に注目です。
以下、本記事のまとめです。
・商標権侵害の訴訟では、差止請求と「過去のお金」の請求の2つを要求することができる。
・商標問題には、これから先も商標を使い続けるための「未来のお金」がある。
・音楽機器ズーム社の要求はあくまでお金じゃないが、お金での解決もビジネスでは十分あり得る。