こんにちは、弁理士の渡部です。
本日は、オプジーボ特許、驚愕280億円の特許ライセンス料の中身に迫るお話をします。
目次
青色発光ダイオード事件を超える特許ライセンス料
がん免疫治療薬「オプジーボ」についてご存知でしょうか。
大阪の小野薬品工業が製造するがん治療薬で、京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)先生が発見したタンパク質「PD1」を使った医薬品です。
本庶先生は、この技術について2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞されています。
このたび、2021年11月12日に、大阪地裁において、小野薬品が本庶先生に特許ライセンス料として280億円の支払いをする内容の和解が成立しました。
280億の特許ライセンス料とは、すごい数字です。
巨額の特許ライセンス料が認められた事件としては、青色発光ダイオード事件があります。
青色発光ダイオード事件では、一審で200億円の特許ライセンス料が認められ、発明の価値について世間をあっと驚かせました。
しかしその後、二審で6億円まで下げられてしまいましたが…。
280億円という特許ライセンス料は、世間に衝撃を与えた青色発光ダイオード事件の一審判決を超える金額ですから、歴史を塗り替えるレベルの金額ということです。
では、このオプジーボ特許、どのような経緯があったのか見ていきたいと思います。
オプジーボ特許の本庶先生の分配率は1%
本庶先生と、小野薬品は、1992年、オプジーボについて共同で出願して特許を取得しました。
医薬品を製造・販売するのは小野薬品ですので、特許権について外部のライセンスや権利行使は小野薬品が行うことになります。
そして、当初、その1%を本庶先生に支払うとのライセンス契約が結ばれました。
特許権の共有者である小野薬品と本庶先生の「持ち分」は原則平等(50%:50%)ですので、1%という数字は少ないようにも思えます。
しかし、医薬品の発明は利益につながらないものも多い一方で、開発に極めて多額の費用がかかります。
今回の裁判においても、小野薬品がオプジーボの開発に1200億円をかけたとの主張がされています。
現実として、1%という数字は極端に低い、というわけではないということです。
発明の本当の価値は開発初期では分からない
しかし、発明の価値は必ずしも発明当時に明確なものではなく、その後、世界を変える発明であることが明らかになるような場合もあります。
青色発光ダイオードもそうでした。
そのような場合に、発明の価値をどう評価するかというのは非常に難しい問題です。
当初のライセンス契約を軽んずれば製薬会社は立ち行かず、発明の価値を軽んずれば研究者のインセンティブが損なわれます。
オプジーボについても、契約当初は発明が実際に医薬品として完成するのか、また、どれほどの効果が見込めるのか明らかではなく、開発の中で発明の価値が明らかになっていったようなケースかと思います。
メルク訴訟で提示された40%の約束
今回の訴訟で問題となったのが、米国製薬会社メルクから小野薬品に支払われた特許ライセンス料700億についてです。
本庶先生は、メルク訴訟で小野薬品に協力することで、和解金の40%の支払いの約束を小野薬品から受けていましたが、実際には当初のライセンス契約とおり1%の支払いしかされなかったことを主張しました。
一方で、小野薬品は、メルク訴訟の和解金について支払う用意があるものの、今回のことで特許ライセンス料の分配率が変更されるのを回避したい意図があったようです。
つまり、メルク訴訟の和解金とライセンス契約自体の変更を分けて考えたかった、ということですね。
まとめ
本庶先生としては、発明の価値が評価されなければ、未来の研究者の環境を維持することができない危機感からの行動であり、一方、小野薬品としても、本庶先生の貢献や発明の価値を決して評価していないわけではなかった、という背景があったため、和解という結論にたどり着くことができたようです。
実際に本庶先生は、280億円の8割以上を「小野薬品・本庶 記念研究基金」として京都大学に寄付されました。
本庶先生、小野薬品ともに、主張の根幹を守りつつ折り合いをつけた、価値のある和解になったのではないかと思います。
以下、本記事のまとめです。
・発明の本当の価値は開発の初期の段階では正確には分からない。
・特許ライセンス料の負担が大きいと企業にとって事業リスクにつながる一方、発明の価値が評価されなければ未来の研究者の環境を維持できないというトレードオフがある。
・企業の事業リスクと研究者の環境維持のバランスをとって、特許ライセンス料を柔軟に決めていくことが重要である。