こんにちは、弁理士の渡部です。
本日は、zoom社が大ヒットの裏で商標権侵害で訴えられた事件についてお話しします。
音楽機器ズーム社がzoom社を訴えたわけ
コロナ渦で皆さんもお馴染み、オンライン会議のサービスを提供するzoom社が商標権侵害で訴えられました。
(※正確に言うと、zoom社の日本代理店であるNECネッツエスアイ社が訴えられたのですが、登場人物が増えると話が分かりづらくなるので、本記事ではzoom社を訴えたとして話をします。)
これを聞くと、驚くかもしれません。
実は、日本では、音楽機器を販売している株式会社ズームという国内の企業(音楽機器ズーム社)が「zoom」という名称の商標登録を取得しています。
音楽機器ズーム社は、zoom社が有名になったからといって不正に商標登録を取得したものではなく、zoom社が有名になるずっと前から会社名(株式会社ズーム)を保護するために取得していました。
なぜ、音楽機器ズーム社はzoom社を訴えたのでしょうか。
その理由は大きく2つあります。
1つ目は、問い合わせの殺到です。
zoom社のサービスが提供されて以来、音楽機器ズーム社には、カスタマサポートの受付電話やメール対応窓口にオンライン会議のサービスに関する問い合わせが殺到するようになりました。
この結果、現在も日々、業務に支障が生じている状況です。
2つ目は、株価の暴騰暴落です。
zoom社が決算発表したことをきっかけに、音楽機器ズーム社の株価は、社名の誤認によって2日連続でストップ高を記録しました。
しかしその後、急落するという事態に至り、投資家に大きな損害を与える結果になりました。
そこで、社名の誤認を防止するために、商標権侵害を理由に、zoom社に対し「zoom」の名称を使わないでほしいと裁判所に訴えました。
zoom社の対抗措置
音楽機器ズーム社の訴えに対し、zoom社は、「はい、分かりました。」と簡単に言うことを聞きませんでした。
それはそうです。
オンライン会議のサービスの名称として「zoom」は有名になっているので、これを変えることは事業に大きな影響が出てしまうからです。
そこで、zoom社は、対抗措置の一つとして商標出願(商願2020-061572)を行いました。
zoom社は、自社のサービス名「zoom」が音楽機器ズーム社の商標「zoom」と似ていないと考えたこと、自社が商標登録を取得すれば商標権を侵害することはないと考えたことが理由です。
1商品に1商標じゃないの?
zoom社の商標出願は、当然に簡単には商標登録を取得できませんでした。
特許庁の審査では、以下の3件の商標に似ているから商標登録は取得できないとの指摘を受けました。
(1)音楽機器ズーム社の商標「zoom」(登録第4940899号)
(2)トンボ鉛筆社の商標「zoom」(登録第4363622号)
(3)RIH社の商標「zoom」(登録第6255174号)
驚くことに、この3つの商標はいずれも同じ商品「アプリケーション」について商標登録を受けています。
あれ?あれ?
1つの商品に1つの商標だけを登録するのが商標登録の制度ですが、1つの商品に3つの商標が登録されている異常事態のように見えます。
実はここに、zoom社の活路が潜んでいるのです。
zoom社の活路とは
この3つの商標は次のような関係になっています。
紐解いていきましょう。
RIH社の商標(3)は、元は商標(2)と同じトンボ鉛筆社のものであったので登録が認められました。
同じ企業だったら重複して登録しても問題ないからです。
問題は、音楽機器ズーム社の商標(1)です。
実は、音楽機器ズーム社の商標(1)は、トンボ鉛筆社の商標(2)やRIH社の商標(3)とは似ていないと判断されて登録されている可能性が高いのです。
音楽機器ズーム社の商標(1)は、次のように純粋な文字ではなく、デザイン化した文字として構成されています。
先頭の文字は数字の「2」、次の文字は「∞」(無限大)とも見えます。
このようにパッとみたときに「zoom」とは読めないことから、特許庁の審査では、音楽機器ズーム社の商標(1)は、商標(2)(3)とは似ていないと判断された可能性があります。
もしそうだとすると、zoom社が今回商標出願した商標は、商標(2)(3)と同じように「zoom」と読むことができるので、音楽機器ズーム社の商標(1)とは似ていないと判断が覆る可能性があるということです。
戦いの火ぶたが切って落とされた
zoom社は、特許庁の判断が覆る可能性を活路として見出していました。
このため、訴訟前の交渉の場において、「zoom」の名称を使うなという音楽機器ズーム社からの要求を拒否しています。
このことは、「当社は、昨年来、ZVC社日本法人に連絡を取り、双方が受入可能な解決方法を模索しましたが、ZVC社日本法人からは誠意ある回答/対応がありませんでした。」と音楽機器ズーム社のコメントにも記載されています。
zoom社が要求を拒否した結果、音楽機器ズーム社が裁判所で白黒をつけるべく今回の訴訟に踏み切ったというわけです。
まとめ
果たして裁判所は、特許庁と同じように商標が似ていないと判断するのでしょうか、それとも似ていると判断するのでしょうか。
商標が似ていると判断されればzoom社の商標権侵害が認められ、オンラン会議のサービスに「zoom」の名称が使えなくなってしまう、何てことにもなりかねません。
訴訟がどのように進むのか、今後の動向に注目です。
以下、本記事のまとめです。
・音楽機器ズーム社は社名の誤認を防止するためにzoom社を商標権侵害で訴えた。
・1つの商品に3つの商標が登録されている?…わけない。
・zoom社は商標が似ていないことに活路を見出し対抗している。