インターネットの普及によって、オンライン上での創作活動が盛んに行われ、独自のカルチャーが形成されてきました。
「ゆっくり茶番劇」も、そんな独創的な世界の一つです。
しかし、「ゆっくり茶番劇」をめぐる商標登録問題が発生し、それは炎上を経て爆破予告にまで発展する大騒動に至りました。
本記事では、その事態を商標登録の観点から解き明かし、なぜこのような問題が発生したのか、またどのような教訓を得るべきかについてみていきます。
将星国際特許事務所、所長。ブランド・マネージャーの資格を持ち、中小企業のブランディングと商標登録の支援に数多く携わっている。特許はAI、IT、ビジネスモデルを専門とする。講演活動も積極的に行っており、神奈川県優良産業人表彰を受賞している。
無関係の第三者が商標登録を取得、そして炎上
「ゆっくり茶番劇」とは、東方プロジェクトというコンテンツのキャラクターを使った二次創作動画の一つです。
YouTubeやニコニコ動画などの動画配信サイトでは、東方プロジェクトのデフォルメキャラに、特徴的な人工ボイスをあてて編集された動画が「ゆっくり動画」などと称され、一大ジャンルとして定着しています。
「ゆっくり茶番劇」は、「ゆっくり動画」の中のコント、寸劇よりの動画を指すようです。
例えば、YouTubeでは、「ゆっくり」系動画は約1,000万件の投稿がされています。
東方プロジェクトの主催者は、一定のガイドラインを満たせば、自由な二次利用を認めており、多くのクリエータが「ゆっくり動画」「ゆっくり茶番劇」という動画のジャンルを育ててきたという実状がありました。
この「ゆっくり茶番劇」という言葉について、東方プロジェクトとは何ら関係のない柚葉(ゆずは)氏という人物が商標登録を取得し、ライセンス料を徴収しようとしたというのが今回の事件です。
柚葉氏が商標登録の取得と、ライセンス条件を発表した直後より、柚葉氏の行為に対する批判と、商標登録の有効性についての疑問が広がりました。
事件は、爆破予告がされ列車が止まり、官房長官が声明を出すところまで発展しました。
社会的にあまりに大きな問題になってしまったため、柚葉氏は商標権を放棄し、事件は収束に向かいましたが、今回の事件について商標登録の観点から、
1.柚葉氏のライセンス料請求は合法だったのか
2.「ゆっくり茶番劇」の商標登録は有効だったのか
という2点について見ていきます。
柚葉氏のライセンス料請求は合法だったのか
まず、柚葉氏のライセンス料請求は合法だったのかという点です。
柚葉氏がライセンス料を請求した行為については、商標法に規定のある「通常使用権の許諾」に該当します。
柚葉氏は、「インターネットを利用して行う映像の提供」などを権利範囲として商標登録を取得したので、このサービスについて「ゆっくり茶番劇」という言葉を使うと、柚葉氏の商標権を侵害することになります。
すなわち、柚葉氏が動画配信者に向けて「ゆっくり茶番劇」のライセンス料請求の告知をしたことは、法上の根拠があり違法とはいえません。
「ゆっくり茶番劇」の商標登録は有効だったのか
次に、「ゆっくり茶番劇」の商標登録は有効だったのかという点です。
特許庁は、商標が出願されると、商標登録が認められるかどうかを審査します。
ここで、注意すべきは、他人がすでにその商標を使っていたとしても、そのこと自体は商標登録が認められない理由にならないという点です。
仮に、最初に使った人の登録しか認められないとすれば、世の中の商標はほとんど商標登録が認められなくなってしまいます。
したがって、商標登録が認められるかどうかは、最初に出願した人が商標登録を取得できるという制度になっています。
いわゆる早い者勝ちの制度です。
一方で、広く使われている一般的な言葉について商標登録が取得されると多くの人が困ります。
また、一般的な言葉を商標として使った場合、そもそも誰のブランド名なのか分かりません。
そのため、一般的な言葉については、誰も商標登録を取得できないこととしています。
ここから考えると、「ゆっくり茶番劇」は、特許庁の審査において商標登録が認められるべき出願ではなかったように思えます。
「ゆっくり茶番劇」が、動画配信という新しい分野で発生した言葉だったため、特許庁の審査の網から漏れてしまったということではないでしょうか。
今回、柚葉氏は商標権を放棄しましたが、遅かれ早かれ「ゆっくり茶番劇」の商標登録は無効にされていたのではないかと思います。
まとめ
商標登録は、最初に出願した人が取得できる早い者勝ちの制度です。
しかし、商標登録がされていないからといって、多くの人に親しまれている言葉について商標登録を取得すると、今回のように炎上に発展することが多いです。
ルールに従って行動したのにどうして炎上するのかと思われるかもしれませんが、多くの人に親しまれている言葉について商標登録を取得すれば、その人しか使えない言葉になってしまい、他の人が使えなくなってしまうからです。
このことは、商標法が認めている早い者勝ちの制度とは違います。
この早い者勝ちの制度は、最初に使っている人に商標登録を認める制度だと誰が最初なのかを判断するのが難しいため、その判断が明確に分かるように出願した日付で決めようというものです。
決して、商標登録が取得されていないからといって、多くの人に親しまれている言葉について最初に出願した人に認めようという制度ではないということです。
今回の事件は、法律の問題というよりは、社会からどう評価されるかの問題であるといえます。
法律で認められているから他の事情はまったく考慮しなくてよいという考えは危険であるということです。
以下、本記事のまとめです。
・商標登録があればライセンス料請求は合法である。
・広く使われている一般的な言葉については商標登録は認められない。
・法律で認められているから他の事情はまったく考慮しなくてよいという考えは危険である。